翻訳機にできるかな?

最近、知り合いの20代半ばの息子さんが韓国旅行へ行って来た。
現地の知り合いを頼りに数日間楽しく過ごしてきたそうだが、日本語以外、英語も韓国語もできない彼。スマホの翻訳機能を駆使して双方の言葉でやり取りし、全く不便がなかったという。良いか悪いか、外国語を学ぼうと言う気持ちもないらしい。
ドラえもんの秘密の道具「翻訳こんにゃく」が実現したかのような時代となった。驚くばかりだ。犬や赤ちゃんの声の翻訳機などいろいろな翻訳が試みられているとも聞く。便利な世の中になったものだ。

さて、先日、わが家に娘の子どもたち3人を預かることになった。6歳と4歳の女の子、そして1歳の男の子だ。
わが家に来るなり、私に向かって6歳の孫が言い放った。
「ばあば、R君(1歳)はね、ばあばのことが大嫌いなんだよ!」と。
いきなりのカウンターパンチのようなこの言葉。とっさに私の頭の中の翻訳機が動き出す。

実は、子どもたちは、母親(つまり私の娘)が体調を崩し子どもたちの面倒を見ることが出来なくなったために、先ずは近くに住む父親(娘の夫)の実家で数日過ごし、そして次に15キロほど離れたわが家で数日過ごすためにやって来たのだった。

そのような背景を鑑み、「ばあばのことが大嫌い」という言葉を私は一瞬のうちに翻訳した。

「ママの具合が悪くて私たち3人はとても心配なの。こんなに長く熱が下がらないなんて、悪い病気で、まさか死んじゃったりするんじゃあないよね? ママは私たちのことが大好きだから私たちがママの側にいる方が、きっと病気も良くなるはずなのに、どうして大人たちは私たちとママを引き離すの? それも一日二日ならいい子にして我慢もするけど、もう何日もだよ! 早くママの側に行きたいよ~。こんなばばあばの所になんか、私たちは来たくなかったの。こんな状況は嫌で嫌でしょうがない!」

そんな想いが「R君はばあばのことが大嫌いなんだ」という言葉で、それも自分の気持ちをわずか1歳の弟の気持ちだと代弁する形で表現した。

言葉通りに受け取ると、世話をしてもらう人に対して発する言葉としては失礼で侮辱的で腹が立ちそうだが、子どもの言葉には、どうしようもない悲しみや不安や切なさが秘められているものだ。

果たしてこのような場合、翻訳機には翻訳できるかなあ?
なんて思いながら、私は6歳の孫の目を見つめ、慈しみをこめて応えた。
「そうなのね。大嫌いなばあばなのに、そんなばあばの所に来てくれて本当にありがとう」と。
(文責:野口 紀子)

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